空き地ステーションができました

意見

どうもはじめまして。当ブログへようこそ。当ブログは「空き地ステーション」という名前のブログです。

空き地ステーションについて

空き地ステーションはその名の通り、空き地です。インターネット上の空き地として今後開発をしていくための用地として確保しました。楽しくブログを更新していこうと思いますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。

なお、この当ブログはGoogleアドセンスへの申請を将来的に予定しています。併せて成果報酬型広告(いわゆるアフィリエイト広告)についても利用を予定しています。これははじめに将来予定していることを正直に申告しているものであり、あこぎなことをするつもりはありません。ただ、事実として予定しているのではじめに開示しておこうということです。

やはり、自分が読者側であればある日突然広告が爆増すると驚きますからね。当ブログ自体が成果報酬型広告への挑戦ともいえますので積極的な導入を検討しています。筆者は成果報酬型広告について利用したことがないため、2026年7月というやや困難な時代ですが真剣に挑戦してみようと考えました。

生成AIの時代となった2026年。インターネット検索のありかたも「ググる」から「動画で検索する」や「SNSで検索」ということもあり得るように変容しています。さらには「生成AIに聞く」という新しい選択肢も現実に行われるものとなりました。

だからこそ、人力でどのくらいまでいけるのかを実際に経験してみる価値はあるのかなと思いました。

補足として

実は「生成AI」については筆者は思うところがあります。ただ、単純な生成AI否定派ではないという立場はあらかじめ示しておきたいです。理由は生成AIそのものの在り方には否定的ではないが、広告が生成AIに導入される議論が世界的に進み、実際にChatGPTにおいては広告の導入が開始されます。

筆者の思うところとはまさに生成AIの中に広告が導入されることには現時点においては懸念を示したい、ということです。

これは過去の検索広告などをはるかに上回る広告成果を得る可能性があると筆者は個人的に感じています。一方で、生成AIへの広告出稿ができない企業が苦しくなる可能性や事実上生成AIプラットフォームが世界を大きく支配する可能性があることに対して懸念を示しているということです。

検索広告には比較の概念が人間側(つまりはユーザー/読者)がより能動的な選択肢を与えられる(SEOによる支配や検索有料広告による補正は入りますが)余地がかなり高いと考えています。しかし、生成AI内の広告とは”よりユーザーが気軽にかつ受動的になる”可能性があり、検索広告に比較すると人間側への選択肢が残されなくなるのではないかということを懸念しています。

もちろん、生成AIの学習の在り方についても大きな議論はあります。ですが、学習の在り方や生成物の扱いについては過去の検索エンジンのクローラーや各SNSのアルゴリズムで補正されることの延長に近く、解決の糸口はつかめる時代が必ず訪れると考えます。生成AI内の広告に対する解決の糸口は、より掴みにくいのではないかと。

実はこれは「デトロイトビカムヒューマン」というゲーム作品の中で、未来が舞台のアメリカにおいて描写された様子に近づいている可能性です。つまり、ゲーム内で示された「アンドロイドが商品の発注を行う」という様子は逆説的に発注先をアンドロイドが選択している示唆と言えます。

この場合は人間が選択するという負荷から解放され、便利になることは事実でしょう。ただ、そこで発注される商品はどのように選択されるのかという手順・プロセスはアンドロイド(作品内ではアンドロイドを製造する架空の企業「サイバーライフ社」が選定していたのかもしれませんが)が自律的に選択していることになります。つまり、アンドロイド(もしくは背後の「サイバーライフ社」)が選択するためのアンドロイドへの認知のための広告が必要になるのではないかという視点です。

まさにOpenAIがChatGPT上で生成内容に広告掲載するという決断をしたのはこの世界への一歩を踏み出したことを示唆しているとも言えます。OpenAIが広告を掲載する企業を選択し、選ばれなかった企業は利益を得にくくなります。

これは従来の検索エンジン最適化(SEO対策)と近いようで厳密には異なると考えられるのではないでかということです。生成AIに対して人間が質問し、対話をする中でインターネットで検索して回答を示すことまではSEO対策のようなものだと言えます。ただ、有料広告が導入されると、広告費を多く出稿している企業が当然露出が高まることが想定されます。そしてこれは検索エンジンの検索結果のような単なるWebサイトの比較やサービスの比較だけではなく、生成AIによる後押しをより自然かつ積極的に行えると思います。

すでに生成AIに人格を与え、日常的な友達のような感覚で接している人が増えているということは、友達にお勧めされるような感覚で生成AIが生成した回答に対して、まるで人間の友達がお勧めしてくれているような体験を生み出すこともあり得るでしょう。

これは劇的に体験を向上させると同時に、企業やサービスの選別が今まで以上に進み、人間の選択する力が弱まることを手放しで喜ぶべきかどうかという点においては懸念があるということです。

成果報酬型広告は今が最後かもしれない

ここまで筆者の考えを簡単に示してきました。もしも筆者が懸念する通りの時代へ未来が進むのであれば、成果報酬型広告は今後資本力のある人以外は参入の余地もなければ、取り入れる価値もなくなってしまうかもしれないということです。

逆説的に言えば、生成AIの中に成果報酬型広告を広告枠として用意しておけば、個人のブログやいわゆるまとめブログなどを運営する中小規模の企業が関与する、OpenAIなどの生成AI提供元が予算運用型広告(一般的な検索広告やディスプレイ広告の出稿形態)だけでなく、成果報酬型広告として出稿可能になれば広告主としても成果が保証されるのでより低リスクで出稿可能になるということです。

つまり、筆者が成果報酬型広告に真剣に向き合うのは今が最後であり最良のタイミングなのではないか。そんな気持ちから始めることにしました。

ここまで駄文、失礼しました。こんな感じで赤裸々につらつらと書いてきます。どうぞ皆様よろしくお願いいたします。

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